コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

残暑見舞い

 気温は下がったが、9月中は残暑で真夏日はある。そんなときに、あいつに土産をずっとやっていないので、会うことにした。わたしがわざわざ電車賃をかけて千葉から来るものと思っていた。それは悪いから、九段の病院の検査の日に合わせてと言うが、それは二か月に一度だから、土産の賞味期限が過ぎてしまう。仕事帰りに途中下車するだけだからと、どうせ九段を地下鉄で通っても帰れるのだと教える。
 月に一度はあいつの見舞いもしてやらねば、一人で見えない敵と戦って精神的に限界が来ているようだった。話を聞いてやるだけでいい。いつも九段下のマックで待ち合わせる。そこなら空いているし、早く行ってもパソコンを打っていたらいい。あいつは歩いてこれる。11時に待ち合わせたら、その前に来た。
 ランチは前に行ったファミレスにした。ドリンクバーで何時間いてもいい。いまはコロナで飲食店は客が少ない。以前は昼には満席なのに、半分も入っていない。あいつとは先月あったし、たまに電話がくるから様子は解っていた。土産を渡す。青森から夏に送ってきたりんごジュースと干し菊、松山に行ったときのお菓子二箱。ひとつは期限が二日過ぎていた。顔はいつもの顔でおかしくない。目と顔つきで別人かどうか判断する。また痩せたろうか。半年前より10キロは減量したと言っていたが、それが食べていないのか、それとも酒ばかり飲んでアル中になっているせいか。まるで医者のように問診する。日頃は誰も見ないから心配なのだ。娘とは昨日会って飯を食ったという。たまに行き来しているから安心だ。これから裁判が始まるという。親がどちらも死んだが、その生前の財産管理を司法書士に任せていた。父親が頼んだものだが、認知が入ってからは、使途不明金があつて、明細を出せと言っても出さないので、弁護士を立てて、いま不正を暴こうとしているところ。どこでもある話だ。遺産相続はそれが結審しなければ分与できないので、あいつはいまもゲルピンなのだ。昼過ぎまでランチを食べて飲んだりしていたが、うちに来る? と、あいつが言うので、どんなになっているか七か月ぶりにわたしの契約のマンションに行ってみる。変な気がするでしょう。そうだな、久しぶりの帰郷というか。連休で人通りはない。部屋に入ったら、大きな冷蔵庫みたいなのが梱包したまま置かれている。先月注文したレンタルウォーターサーバーだという。コーヒーも淹れられるしホットと冷水も出る、コーヒーと緑茶、ミネラルウォーター20Lついて、月々5千円だという。どうして頼んで使わないのか。いつもだった。買っても開けないで放置する人だった。いままでもいろいろとあった。何かその辺が異常なのだ。わたしが開けてやる。それでセットしてコーヒーを淹れて二人で飲んだ。
 部屋はそのままだった。相変わらずモノが多い。ベランダまで箱が置かれている。わたしが出るときに、衣服など3ケースくらい近くの古着屋に売りに行ったが、まだまだある。千疋屋のアイスを通販で買ったという。それが箱に何個か入っていて、部屋に置いたまま、溶けているだろう。わたしに持たせるつもりだというが、冷蔵庫は備え付けで小さく、冷凍庫もないようなもので入らないのだ。コンビニからビールを買ってきたので、晩飯も久々にあいつが作ってくれて、それで晩飯とした。料理は上手で、関西なので、わたしの口にしたことのない食材で変わったものを作ってくれる。
 ここに戻ってきてと、それを言いたかったのか。一人ではしんどいと、かなりのストレスがあるようだ。しょっちゅう警察に行ったり110番をしている。向こうも、またかというもので相手にしているようで、判っているのだろう。そういう住民がきっと多いに違いない。コロナでますます精神病患者は増えている。先日は北海道の姉に電話して、相方のことは手紙で知っていたので、姉の周辺もおかしい人たちばかりで、怖いとも言っていた。
 その日はなりゆきで泊まった。久しぶりに同衾した。本当は一番いい治療法はスキンシップなのだ。それで安心するのだ。


 翌日はわたしは休みで、あいつもいまはいままでの仕事を辞めていてこの一週間は無職だった。月末から近くの大きな一部上場会社のオフィスに契約社員で行くのだとか。面接受けはいい。返答も聡明でいい、履歴書の字も綺麗だし、経歴も悪くはない。ただ、勤めて何か月かすればメッキが剥げてくる。おかしいことを言う人だなと見破られる。それが被害妄想なのだ。いままでの職場でもそれがあったのではないか。それでも、どこの会社か言わないし、降りる駅も教えない。言えば、誰かが聞いていて、また邪魔をすると警戒しているのだ。どこにでも盗聴器が仕掛けられていると思う。地下鉄で10分くらいというから、大手町辺りだろうか。いままでよりは給与もいいようだ。それで週に3日勤務にさせてもらった。ずっと部屋を空けたら侵入者がいくらでも入ると思っている。このマンションにはもう住めない、汚染されている、変な人が入居してきた。若いカップルで何か知っているような顔を向けたと。どこまでも自分についてまわる。どうしてわたしの真似をしたがるのよと、泣くのだ。
 どれ、昼飯をどこかで食べようか。と、出かける。四番町の懐かしい図書館がある。すぐ斜め向かいに臨時で入った。本体はいま工事中。玄関にご自由にお持ちくださいと本棚に本がずらり。廃棄本なのだが、帰りの電車で読もうと四冊いただいてくる。市谷のガストに入る。そのほうが、気軽に食べられて安いと。いつもはアルコールも注文するのだが、珍しく酒は頼まない。ご飯はいらないとチキンのマスカルポーネだけ。それとドリンクバーだ。わたしはカキフライ。話を昨日の続きのように聞いてやるだけだが、荒唐無稽ではないが、ありうる妄想だ。だから、そんなにひどい統合失調症ではない。仕事もしているし、生活も乱れていない。先日、図書館で借りてきたレインの『ひき裂かれた自己』という分裂症と分裂病質の実存的研究という結構消化不良を起こしそうな本を読んだが、そこには、分裂病質の性格特性としてクレッチマーのものが書かれていた。それによれば、非社交的、ものしずか、控え目、神経質、ユーモアを欠く、偏屈、はにかみや、臆病、従順、おとなしい云々と列挙されているが、どれも相方の場合は逆なのだ。いろんな精神病の本を読んでいるが、どこにも回答は書かれていない。


 さて、いますぐでも引っ越したいと言うが、それには初期費用が何十万もいる。その金もないどころか、わたしに少し貸してという。電話は払わないで止められていた。それで公衆電話から掛けてくる。親の財産はいつになるか判らない。裁判が終わるまで、動かせないのだ。大阪の家も売ったというから、どれぐらいあるものか。親は銀行員だったから、年金も多かったろう。それをいいようにされていた。
 いつも、金のことになるとなんとかなると簡単に言うが、なんともならないのだ。来月いっぱいで出るということになる。再来月に2年契約の更新があり、ひと月分の家賃が更新料で払わないといけない。どうも、わたしとまた一緒に暮らしたいらしい。それはもうこりごりだ。せっかく睡眠薬がなくても眠れるようになったのに。ジョークばかり話して笑わせ、話をごまかした。
 まだ時間があるので、近くのカラオケボックスに行く。前に相方の娘と三人で入ったところ。がらーんとして客がいない。カラオケがコロナで深刻な影響を受けていた。そこで2時間歌った。正月以来だった。歌うことがストレス解消になるし、精神的にもいいようた。わたしは青春の歌、たまたま先週亡くなった、ゴールデンカップスとタイガースのグループサウンズの歌ばかり歌う。相方はユーミン。だけど、また思い出したように涙ぐむ。どうしたいのだ。
 市谷の駅から総武線で千葉に帰ろうとしたら、少し歩きましょうと、お濠と中央線が眼下に見える土手の公園を歩いた。祭日で親子連れが来ていた。前に、千葉に引っ越した日、この公園のベンチに二人座って、もう会えなくなるのかと、ここで別れたのが2月の早春で、桜もまだまだのとき。あれから七か月で三回会った。会わないつもりが、病人を放置しているので心配だ。なんとかしたいが、なんともならない。時間かせぎでずるずると引き留める相方と、さっさと別れて改札口を通る。気分は重い。回答の出ない数式を前に、これは難問だった。