コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

駆け込みで慰安旅行へ -御殿場

 仕事明けに新宿バスタに向かう。新宿もこういうときでないと来ない。高速バスネットで昨日、切符を二人分買おうとしたが、買えなかった。それで窓口に直接電話したら、明日でもがらがらなので買えますよという。ネットも不具合で予約に入れないのがおかしい。窓口で12時過ぎの御殿場駅までの高速バスの切符を二枚買う。相方から電話が来るが、公衆電話からだった。また、スマホからすれば盗聴されるからと警戒して、スマホは切ってあった。用事があっていまから地下鉄に乗るという。ぎりぎりか、間に合わないなと、わたしは切符を次の便が1時過ぎだから、そっちに換えてもらった。案の定、12時のバスが出た5分後に汗を流して走ってきた相方がいた。連絡したがスマホが切られているからどうにもならない。
 二人で一泊旅行に行くのは、去年の夏に大磯のロングビーチに泊まりに行った以来だ。1時間40分で高速道路を走って、御殿場に着いた。御殿場は若いとき、大阪の職場で労組の支部委員長にさせられたとき、富士研修センターで組合の勉強会に参加したとき三泊でしごかれた。それぐらいで、素通りはするが、駅に降りたことはなかった。どこかで遅い昼飯と思ったが、出た駅前には何もない。そこに御殿場プレミアムアウトレット行の無料のシャトルバスが止まっていたので、それに乗る。土曜で若い人たちばかりが乗っていた。
 日本一大きなアウトレットモールとは知っていたが、わたしはブランドものなど毛嫌いするほうで、興味もないが、どういうところか覗いてもいい。確かに広い。富士山の裾野の広大な土地に四つのエリアで何百という高級品のショップとレストランなどが並ぶ。飯を食おうと、フードコートに入って、ステーキランチをいただく。そこはちらりと見ただけで、今夜のホテルがあるほうにある時の栖というイルミネーションが綺麗な公園に行こうと、そこのホテルが出しているシャトルバスに乗る。午後からこちらに来たので、半日より時間がないから慌ただしい。
 富士山はどこからでも見えた。山頂付近に雲がずっと貼りついていたのは、富士山もマスクをしているようだ。山が黒いシルエットになり、日が沈む。着いたところも賑やかで、すごい人。時之栖という名前が気になる。イルミネーションがすごい。そのトンネルをずっと歩いた。それでも相方も言っていたが、あちこちこの何年間でも見に行って、もう、驚きも感動もあまりないのは、目が慣れたのか、どこに行っても同じだからだ。詩碑が建っていた。「念ずれば花開く」とある。聴いたことがあるとネットで調べたら、坂村真民の詩で、仏教に感化された思想がある。ここの経営者もそうなのか。写真とビデオを撮っただけで、そこからホテルへと歩いても遠くないと思ったら、道路が暗いので危ないと、地元の人に言われて、それならとタクシーでワンメーター少しで行くというから乗った。街灯もぽつぽつで、田舎の道なので、30分歩くのもきついだろう。
 ホテルはレンブラントスタイルという、今年の7月にリニューアルオープンした真新しい大きなホテルだった。フロントで検温消毒と、健康カードみたいなのに書かされて、ハンコも相方は律儀に押していた。フロントはハンコはいいですよと言っていたが、わたしは茶々を入れて、印鑑証明は忘れましたがと笑わせる。茶々も静岡だから、何でもお茶だった。部屋着もお茶の色で、ウエルカムドリンクも玉露のフレーバーティが並んで珍しいものをいただく。レンブラントとはどういうネーミングですかとフロントに聴いたら、入口に絵が飾ってあるというので、見たら、「夜警」の名画の複製が飾ってある。それだけなのだ。相方に、オランダに行ったときに見たような話をしたが、あれは上野の西洋美術館だったか、本物はもっと大きい絵だった。
 部屋も綺麗だが、マウンテンビューの部屋だという。大浴場に入りにゆく。若い人たちが来ていた。大学生の合宿だろうか。露天風呂からは何も見えない。部屋に戻り、コンビニで買ってきた晩飯とワインなどをいただく。晩飯がつかないからだが、この辺りにはコンビニよりなかった。近くにインターチェンジがある。


 翌朝は、朝風呂に入りにゆく。背伸びすれば富士山の頂が見えた。目隠しがしてあるから見えないが、それをなくせば、トラックから丸見えになる。部屋から見える富士山もよかった。何故か、裏日本では大雪で、連日のニュースで豪雪を伝えているのに、富士山は山頂まで雪がない。太平洋側から見ているからだろうか、河口湖の裏から見たら白いのかもしれない。
 朝食バイキングも普通で、別にどうということはないが、コーヒーばかり飲んでがぼがぼになる。
 ホテルから歩いてすぐに風穴があるというので行ってみる。観光協会で教えてくれた。自衛隊の基地があり、それを過ぎたら駒門風穴という溶岩でできた風穴がある。5年前に河口湖に行ったときは同じ鳴沢風穴には入ったことがあるが、そこはそれより自然のままで、探検したような気分にさせられた。富士の湧水が出ているところから、ペットボトルに天然水を汲んで、いま、自宅に持ち帰り、それで淹れたコーヒーを飲みながら、このブログを書いている。
 受付のおばちゃんから、駅までの近道を教えてもらう。田圃の中の畦道を歩いて、富士岡駅まで歩いた。スマホに万歩計があるので、計測する楽しみがある。相方は、わたしにスマホでわたしを撮らないでという。撮った画像を削除までさせた。わたしのスマホも乗っ取られていて、画像が流出したら困るというのだ。疲れる。電車で、二つ向こうの御殿場駅に戻ってくる。そこから御胎内温泉に行こうと調べてきたが、バス停の時刻表では一日に何便もなく、2時間も待たなくてはいけない。へたすれば帰りの便もないとか。どこに行くにも路線バスでは動けない。3時半でもうないというところもあった。行ったはいいが、帰りはタクシーで5千円というと大変だ。そのタクシーもなければどうしようもない。マイカーで来るところなのだ。昼飯をまず食おうと、駅前に一軒だけやっていた食堂に入って、名物のみくりや蕎麦をいただくが、どうも口に合わない。山芋をつなぎにした硬めの蕎麦に鶏肉が入っている。それは相方にやる。汁の味は甘く、きりたんぽ鍋に似ていた。
 駅前からまたシャトルバスでアウトレットに行く。温泉のはしごができないので、少し高いが、アウトレットの上にあるホテル付属の日帰り温泉に入ることにした。日曜で、すごい人だ。ここはコロナも無縁なのか。クリスマス前なので、買い物もフィーバーして並んでいる。地図を見ながらエスカレーターで上の温泉までようやくたどり着く。露天風呂から確かに全面に富士山が見えるが、風呂は広くはなく、時間がもたない。風呂上がりに休憩エリアは広いので、そこで仮眠していた。
 夕方から、帰りのバスまでアウトレットモールで時間潰しするよりない。ホテルでもらったプレミアム買い物券も2千円分あり、ここで使うよりない。わたしは別に見るものもなければ買うものもない。こんなミーハーなところにいる自分が恥ずかしい。相方は女だから、買えもしないが、見るのが好きなのだ。昔、若いときは、プラダも持っていたし、バーバリも持っていたと、ブルガリの本店に行って海外に行くたびに買ってきた話をするが、全然興味はない。ここを歩く人たちは別人種に思えてくる。わたしの好きなブランドはひとつしかない。マーロン・ブランドだ。知っているか? ゴッドファーザーは見なかった?
 静岡のお茶のデザートにラテやアイスを飲んだり、相方が券を使うと、Franfranの店でキッチン用品をそれで買ってから、シャトルバスで御殿場駅まで送ってもらう。晩飯はそこから歩いてゆくと、いろいろと国道沿いに飲食店があるので、焼き肉でもと、間違ってげんこつハンバーグで有名なレストランに入った。炭火焼きという看板に騙された。そこでバスの時刻まで、ゆっくりとした。
 駅近くにドラッグストアがあり、相方の病気がまたはじまる。自分の金で缶チューハイを買っていた。わたしに叱られるから、駅のトイレに行くといって、トイレ呑みを隠れてするのだ。バスが来ている。出てこないので、怒鳴りこんだ。バスが出るだろう。早くしろ。酒が入ると訳が判らなくなるのは酔っているからではなく、病気のほうだ。置いていったらよかったと、わたしが言うと、相方も怒ったように、そうねと、バスの席は別々に。最後にまた喧嘩になる。バスは新宿バスタに向けて走った。10時には着くだろう。あのままトイレから出てこないで、わたしだけ最終バスで帰ったら、相方はどうするのだろうか。金もなく、泊まるところもなく、タクシーもいない駅前で、ひとり取り残される。寒いし、凍えて行き場なく。そんな恐ろしいことも考えた。これだから、一緒には暮らせないのだ。いつも、そんなことばかり。しばらくは、また音信不通でいよう。どうすることもできないのだ。


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