コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

立てバンコクの労働者

よその国のことだからどうでもいいが、いま、タイが揺れている。国体護持という戦前の日本の声が蘇る。日本も天皇はいるが、憲法で象徴とされてからは、国政への強権力はない。タイの場合は司法の任命権と軍隊の統率と、国の実権を国王が握っているという古い体質そのままだ。それにコロナもあって、失業者や経済の低迷から、若者たちが国家体制を変えろと、王室に対する攻撃をすることになった。
 わたしの若いときは、全学連でも一部は皇室批判をしたか知れないが、革命を目指せば、当然、そこがネックにはなる。揺れ動くタイはいまから半世紀前の日本の学生運動に似ていないでもない。
 そのときは、労働者も含めて、労組と一緒になり、ゼネストを目指した。わたしも若いときは大阪の職場の労組の支部委員長をさせられた。それは賃上げなのだが、春闘で妥結しないときは、全店一斉にストを決行するという一夜を、ニチイ堺店の幹部と共に店の事務所に詰めて夜明かしした。ねじり鉢巻きと赤い腕章をして、まさに、ぎりぎりの賃上げ交渉がされていた。そういうときに、社員食堂で、みんな集まり、インターナショナルを歌ったか。立て万国の労働者というスローガンに燃えていた。
 労働組合も強かった。若者たちが強かった。いまとは比べものにならない。その団塊の世代もいまは定年退職して好々爺になり、昔の闘士もいまは孫相手にいいじいさんたちだ。


 タイのバンコクには三回旅した。最初に行ったのは14年前であったが、バンコクの街中には、皇室グッズの店があちこちにあった。覗いたら、国王や王妃のプリントされたタペストリーみたいなものや写真、エンブレムの入ったさまざまなものが売られていた。日本では考えられないが、そういうものが売れるということに驚く。朝夕になると、夕方は6時ころか、駅のホームにわたしはいたが、時間よ止まれという不思議な少年さぶたんのように、通行人も階段を上がる人も、すべての人がその場で直利不動になる。スピーカーから国家が流れる。旅行ガイドブックには、動いている人はほとんどが外国人の観光客だとあった。それは国家に対する忠誠を示す行為なのだ。忠誠といえば、売店のあちこちで売られている黄色い半袖のポロシャツが200円で売られていた。半数近い人たちが、黄色いそのポロシャツを着ている。わたしも土産にと買った。胸に国王のエンブレムがついている。実は、国民に成りすますと、ボラれたり、騙されたり、物売りもうるさくないと、市民と同じ服装をしてみた。それを着て歩いていると、タイ人かと、トゥクトゥクのじいさんたちも呼び込みやつきまとうこともない。土産の物売りもどこまでもついてくるのがいない。これはいいと、タクシーに乗っても目的地の場所をメモで示して無言でいれば、メーターで行ってくれる。
 旅行社のアユタヤの日帰りツアーに参加したとき、黄色いポロシャツを着ている観光客はわたしだけであった。現地人のガイドは笑って、タイの人に見えますと言っていた。
 その黄色いポロシャツもだいぶ着る人が少なくなった。3年前に行ったときも、王室グッズを売る店は減ったのか、バンコクを歩いても見つけられないほどだった。たった14年で、それぐらい変わってきた。そのときは、ちょうど前国王のプミポン国王が亡くなって半年ぐいであったが、地方都市に行っても、弔意を表す黒と白の幕や飾りと遺影が、どこにでも飾られていた。スーパーで買い物と入ったら、入口のところに記帳台が置かれていた。いつまで国民は喪に服すのか。日本でも昭和天皇が崩御されてから、そんなこともなかった。異常な感じがしたものだ。それほど、国王に対する絶対的服従と敬愛があったのだと思うが、それが年配者たちだけで、若者たちとは世代間のギャップがあって、家庭内でも対立しているのだとか。
 2006年9月半ばにわたしは最初にタイをバックパッカーで歩いたが、何か、街中に軍隊が出動して、みな兵士たちが銃を手にものものしい警戒をしていたのがおかしかった。何かあったのかと思った。そのまま、帰国してきたが、帰ってからすぐにクーデターが起こった。タクシン政権が倒されて、軍が制圧した。空港は閉鎖。あやうく、帰国が二日遅かったら、帰れなくなるところであった。そんなクーデターが、戦後に20回もあったというから、国民も落ち着かない。国王が実権を握り、何かあれば軍が政治介入する。民主的でないところに、2兆円もの巨額の資産を国王が掌握しているとも言われて、貧しい国民は怒るわけだ。国民に寄り添ってゆくどこかの国の皇室に見習いたい。テロも多く、3年前に行ったときも王宮を見ようと行ったら、検問にわたしが引っかかる。バッグの中身も調べられた。ショッピングセンターでも爆発音が聞こえて、買い物客が逃げ惑うところに遭遇した。イスラムのテロもあったが、まだタイは過渡期の不安な政情にはあるなと感じた。民主の波は香港だけでなく、世界の矛盾を抱える国々にコロナのように感染している。

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