コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

オートミールはわたしのソウルフード

 コロナで一時、どこにもオートミールが品切れのときがあった。突然、何が起こったのかと、これもテレビで何か言ったのだろう。納豆菌もいいとデマが流れると売れた。オートミールなど、普段はなかなか売っていないものだ。前にイオンの大きなショッピングセンターの食品売り場で探したときもなかった。売り場の男性社員に聴いたら、オートミールって何ですか? と聞かれたほど、ポピュラーではない。売っている店は前は輸入食品の店だとか、業務スーパーにはあった。それが棚が空になっていた。それから、どこのスーパーでも置くようになる。が、流行みたいなもので、過ぎたら急に売れなくなる。在庫を積んだ店は失敗したと思うだろう。
 千駄木で暮らしていた4年くらい前に、どこを探しても売っていなかったので、そのことをブログで書いたら、青森の文学仲間の方から後日送られてきたことがあった。青森でもどこで見つけたものか。それほど、売れないし、探さないと見つからない希少な食品なのだ。
 業務スーパーでは美味しいものと、そうでないものがある。安いのは1キロで300円もしないで売られているが、中身が粒粒が見えているものは、歯ごたえが残って、美味しいオートミールにならない。細かく押し麦のように潰されて、調理しやすいようになっているものがいい。燕麦を押し麦にしたもので、お粥のようにしていただく。わたしの場合は、お粥のように鍋で煮て、ひとつまみの塩を入れる。少し蒸らしてから、牛乳を沸かして、砂糖はいまは使わず、人工甘味料か蜂蜜などだが、それを加えてスプンでいただく。八分粥くらいのゆるさにして温かい牛乳をかけて食べるのがいい。
 これは、わたしが子供のもの心がついたときからの離乳食みたいなものであった。うちで喫茶店を親がしていて、オートミールもメニューアップしていた。いまはどこもそんなものはメニューに載せないが、わたしの子供のときは、ホテルでも出していた。列車の食堂車は日本食堂の経営であったが、割合といいメニューを出していた。ボーイさんが、きちんとしていて、テーブルには白いクロスと、洋食はフルコースもあったのか。どこか気品があった。そこでもオートミールを出していて親父がよく食べていた。
 わたしの家で買っていたのは輸入品でクエーカーオーツだった。クエーカー教徒のおじさんが商標になっているあれだ。小さいときから食べてきたものが、その人のソウルフードになる。オートミールも世界どこでも売られていた。旅行してそれが判った。われわれは旅行して、よくオーツを買った。携帯ケトルで沸かしたお湯で、簡単にオートミールのミルク粥ができる。いろいろと工夫して、甘いものだけでなく、野菜くずから作ったコンソメがどっさりと入って東欧のスーパーで30円くらいで売っていたのが、そのままスープでも美味しかったが、オーツと一緒にお粥にしたら毎日食べてもよかった。パンに飽きたらそれにした。
 前にどこかで書いたが、シャガールも貧しかったロシアの田舎で育ち、カーチャという麦粥を食べたことが自伝に書かれていた。それは黒パンと並んで、貧しさの象徴みたいに書かれていたが、わたしは読んで、美味しそうに思うのだ。いまや、白いパンより黒いパンが栄養があり玄米や五穀米のように、体にいいというので、黒パンも高く、稗とか粟など、貧乏人の食べ物が、現代では米より書く売られている。それと同じのが、オーツなのだ。タンパク質が玄米の倍あるとか、栄養成分も申し分ない。健康ブームで火がついた。
 先日、ようやくスーパーで見つけて買ってきて、さっそく久しぶりに食べてみた。それは美味しく作れた。その前に買ったオーツはぼそぼそとお粥にならず、粗悪な感じがして、ご飯と混ぜて炊いて消費した。
 オートミールが売れなくなったのは、シリアルが普及したからだ。シリアルは牛乳をかけるだけでいい。手間がかからず、いろんな種類がいまは売られて、子供たちにも人気だ。うちでも子供らが小さいときは、朝飯にシリアルも出した。寝坊で時間がないと、朝飯抜きで学校に行くときは、それが一番手っ取り早い。
 我が家で、アメリカの高校生二人をホームスティさせたときも、納豆に味噌汁の日本の朝飯に辟易していて、シリアルでいいというので、おふくろが買ってきて、二人とも、朝はそればかり食べていた。
 海外のホステルに泊まったら、必ずシリアルも置いていて、ブレックファーストがそれとコーヒーやクラッカーであった。そればかりだとこちらが飽きる。そんなときにオートミールはいろんな味付けで工夫すれば、お粥と同じだから飽きない。
 いま、ご飯は炊いていないので、主食がない。そんなときにオーツでお粥にしている。梅干しも合うし、鮭を焼いてもほぐして入れたら美味しい。炊飯器で時間がかかるのではなく、すぐにできて食べられるのがいい。オートミールを食べるとき郷愁を感ずるのは、そういうわけがある。


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