コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

七十にして矩をこえる

 孔子の時代は70歳以上まで長生きする人はあまりいなかったのか。而立が30歳というのは遅いのではないのか。不惑はなんとなく浮気をしたがる年で判る。知命の50歳は天命を知るまで悟れるか。まだまだ脂ぎっている。60歳の耳従も頑固じじいになるころなので難しい。わたしの70歳で従心とは、もう好きに生きていいのだが、道徳的模範に生きて無理しないでというところ。昔ならもうじきお迎えがくるのだから、何をしてもいいというのでもない。なのだが、どうも自分の限界を忘れている。体が思うように動かない。たとえば、柵をひょいと越えられると思っても若い時のようにそうはゆかなくなる。足が引っかかる。階段もそれで踏み外す。あわやというときもあった。足が上に上がらなくなっている。段差につまづいて転ぶということもする。それで老人用の靴はそうならないために、つま先部分が少し上にカールしている。
 青森の施設にいるおふくろが部屋で転んで顔面を打った。数日前のことだ。妹から連絡があって、その青たんのおふくろの写真も送ってきた。青く腫れあがっていたが、それも数日で治ってきたとか。心配して電話をしたら元気そうな声で安心した。年寄りが転ぶというのはよくない。それが原因で寝た切りになったり急に老け込んだりするらしい。転んで死ぬのが多いとか。軽く考えてはいけない。
 わたしも若いつもりで無理をする。自分でこれぐらいできると思う。ボードに乗っても立てない。波があればバランスもとれない。カヌーをしていたときは平気だったが、あれから25年は経っているだろう。自転車でサイクリングも遠くまで走って、疲れ果て、ここからどうやって戻ろうかと、帰りの余力もない。歩いてもそうだ。どんどんとどこまでも歩けると思っている。まだまだ若い者には負けんぞと、遠くの町まで歩いたはいい。帰りは買い物荷物もあって、へこたれて、バスで帰ってきたりした。バスがあるからまだいい。足がなかったら、どうするつもりなのか。特に山中のハイキングで人が歩いていなかったら、へたばって野宿でもするのか。
 なんのこれしきと、仕事をしていたときもよく回った。警備員のときは一日20キロは巡回で歩く。34階のオフィスビルの上からずっと歩いて下まで。それを二回する。敷地内をぐるりと歩くだけでも4キロはある。それを一日4回する。通勤も入れたら、普通に26000歩の20キロは歩いていた。いまは少し減らして一日の目標は15000歩の12キロにしているが、それでも普通の老人の倍で歩きすぎなのだ。
 最近は、どうも体が自由に動かなくなる。指先まで痛くなる。体のあちこちが筋肉痛で疲れやすい。同じ高校の大先輩の三浦雄一郎さんは二回り以上年上でも、いまだにエベレスト登頂とかスキーヤーとしても現役だと、そういう超人と一緒に考えるところがおかしい。第一鍛え方と持って生まれた体も違う。
 階段を上がるときも手すりに掴まる。起き上がるときも、どっこいしょと声が出る。最近ではエスカレーターやエレベーターを探す。できるだけ楽しようと思う。それでもバスは乗らない。駅まで2キロくらいあるが、住まいの前にバス停があり平塚駅行が頻繁に停まるのに乗らない。帰ってくるとベッドにバタリと倒れ込む。疲れたと、感ずる。年なんだろうかと、ようやく自分の老齢を認める。運動は太極拳ぐらいがちょうどいい。妹からメールで「あまり無理しないで、もう年なんだから」と、書いてきた。そうか、年なんだ。少しずつできることが減ってくることが淋しい。好き勝手に生きても人様の世話になったり迷惑をかけなければいいではないかと、それでもどこか不良じじいで、いまは自分だけのことで限界を越えないように生きている。

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