コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

マンゴーに憑りつかれた親父

 スーパーでマンゴーが高いので買えない。以前はもっと安かった。果実全般が高級品になってしまったかのようだ。スイカも高いし、メロンも高い。キュウイも騒がれたら高くなり、昔というよりつい何年か前までは普通に買えたのが、おいそれと買えなくなった。ひと粒千円のイチゴにも驚いたが、どうしてそうなったのか。シャインマスカットと澄まして売られて、もはや庶民の口には入らない。贈答品でもなさそうなのだが、スーパーの店頭ではそのままパックに入れて売られているが、値段を見てとてもとても買えないのだ。どうも、そういう傾向はおかしくはないのか。果実も他国と比べて高すぎる。それでも買う人がいて、のせられ踊らされて買うから、値段は強気なのだろう。
 マンゴーはわたしの好物なのだが、このたびの旅行で南の島に行ったら、安いのかと期待したら、とんでもない。大きなマンゴーが三個箱入りで千円以上している。それでも安いと、同室の大学生が買ってきて、差し入れた。おお、マンゴーかと、みんながひと切れずついただく。
 青森の果実屋では売っていたかもしれない昔のことだが、まだスーパーでもマンゴーは置いていなかったときのことだ。半世紀も前のこと。その名前すら知らない人がいたとき、親父はどこかで食べたのだろう、食べ物にうるさい人であったので、さっそく飛びついた。東京で見つけたら買ってきていた。わたしが学生時代には、親父は、アメ横で一個百円以下で売っていた。安い安いと土産に持ち帰って食べさせた。パパイヤもたまに買ったが、あれは臭いのでわたしは好まず、大人になってパパになったときもパパ嫌と食べなかった。マンゴーだけはいまも美味しいと食べてみたがるが、かつて、何十年か前には、青森のスーパーでも一個百円ぐらいで売っていた。それなら家族分は買えた。あまり美味しいので、大きな種を庭に植えてみた。南国の果実は北国では無理のようで外では育たなかった。
 ずっとマンゴーはとりわけ立派なものでなければ、普通に百円くらいでいつでも買えた。それがいつの間にか高級品になり、野菜と一緒に買えなくなった。どうしてだろうか。
 いまではとても口には入らないから、たまに業務スーパーでマンゴーの缶詰を80円くらいで売っていたらいっぱい買い込んでおく。それも缶詰だがとても美味しい。
 千駄木で暮らしていたときは、よく通勤帰りに谷中ぎんざを通ってくるのだが、そこの八百屋を覗いてゆく。八百屋の奥の下のほうにいつも隠しているようにザルにヘタレた果実をのせて百円で処分していた。多少、傷があっても潰れていても、わたしはジャムやピューレにしてもいいなと、お菓子の材料にしようと買う。そのザルにはたまにマンゴーも五個て百円でのった。半分棄てても後は熟して生でも美味しい。
 マンゴーを見るとそれが大好きだった親父を思い出した。美味しそうにかぶりついていた親父の顔とマンゴーはどうしてか重なる。


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