コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

実数は誰にも解らない

われわれは社会の中で嘘の数字に囲まれている。統計の嘘というのは、戦前の大本営発表と同じで、政治に都合のいい数字だけが発表される。わたしはNHKの世論調査もばかばかしいと信じない。いつも同じ質問で、それ以外の回答は求めないからだ。選択するという段階から、少数派は切り捨てられている。人の気持ちが五つの枠だけで判断できるだろうか。一番おかしいのが、普通とか、どうでもいい真ん中のどっちつかずの答え。それは、考えていない。面倒くさい、どうでもいい答えで適当だ。あるいは、解らない。その解らない曖昧な答えが一番多い。
 コロナで倒産したとする飲食店の数が新聞でも発表されているが。中身は、新聞社で独自に大手企業千何社に電話でのアンケートをとった結果だという。それは上場していたり、支店の多い有名店ばかりで、その中で、売上や減少した店舗などの情報をまとめて発表する。新聞を読んだ人は全国で何千店が閉めたと信じる。そんなものではない。そこには零細企業は入っていない。いつもそうだが、倒産件数も資本金一千万以上の会社しかデータでとらない。それ以下の中小企業のほうが数は圧倒的に多いのだが、それらが倒産しようが、数字には出てこない。
 飲食店だけでないが、コロナで閉めている店は、われわれの住まいの周辺だけでも相当ある。閉めている店を数えても解る。それがひとつの市でひとつの県でと広がると、そんなものではないと気づくだろう。申告していない店もあるだろうし、実数は把握できない。飲み屋なんか、ママがひとりでやっている店は相当閉めている。通りを歩いて、ドアに「長年お世話になりました」とある貼り紙を見るのはかなしい。わたしは客ではないが、青森の友人たちにも手紙で、知り合いの飲み屋はどうなったろうかと聞いていた。みんな何十年か通った店だ。
 SNSで、しばらくぶりの青森の友人からメッセージが送られてきた。わたしがツイッターとフェイスブックに5年ぶりで画像だけアップさせたら来た。青森の商売仲間も悲惨で、組合は崩壊寸前だとか。そんな報せが来るとみんな友人ばかりなので心が痛む。
 よく言うのがゴキブリを例に出して申し訳ないが、一匹見つけたら何十匹も隠れているとか、氷山の一角という言い方もある。われわれが見ているのはごく一部なのかもしれない。
 自殺者もその割には少ないのも、自殺と公表していないのがあるのだろう。事故で片づける。崖から誤って落ちた。線路に誤って落ちた。遺族がそう主張したら、そうなるのかもしれない。世間体が悪いし、保険もある。身内に自殺者が出ると姉妹の結婚にも差し障る。公表されているのはそれも実数ではない。
 引きこもりもそうで、女性なら家事手伝い、男性なら自宅警備員と冗談でよく言われる。仕事は探しているといえば、失業中なのだ。失業者の数もハローワークに登録されていないのは解らない。
 ホームレスもそうで、誰も数えていない。最近はコロナで随分と増えた。それが、ショックなの、乞食が増えたことだ。ホームレスと乞食は違う。家がないというだけで、仮住まいはあるし、空き缶などを集めるリサイクルの仕事をしている。それで些細な収入を得ている。外国ではそんなのは見なかった。本当の古典的な乞食で、まだストリートミュージシャンのようにヴァイオリンを弾いたり、楽器演奏してお金を得ているのはそれはそれで職業だろう。
 コロナでとみに目立つようになったのが本物の乞食で、新宿や池袋の地下道に座っていて、ただ座っているだけなら酔っ払いもいるが、前にタッパーを置いている。それには金が入っていない。わたしは余計なことだろうが、午前に見て、夕方通りかかったときにも見たが、タッパーには一円も入っていなかった。そんなのではいけない。誰もタッパーがお金入れとは思わない。まだ空き缶のほうがそれらしい。余計なことだがアドバイスしてやろうかと思ったくらいだ。それと、ボードに書いて通行人に示すことだ。POPもなければ、その人は疲れて座り込んでいるのかと思う。まして、身なりがよければなおさらで、自分はいま仕事がない、生活費もないということを文字で訴える。
 わたしが子供のときは乞食がいた。傷痍軍人という白装束で兵隊の帽子をかぶり、片足がないとか、戦争で五体満足でなくなった哀れな人たちが神社の縁日のときには鳥居の横に座っていた。ハーモニカで軍歌を吹いたり、アコーディアンで昔の懐かしい歌謡曲を弾いていた。そういう人たちは時代と共にいなくなる。世の中は高度成長時代で人手不足、失業率も減れば、どんな仕事でもあった。それでも景気不景気は波があり、石油ショックのときには、わが家にスーツを着て中折れ帽子をかぶった紳士がチャイムを鳴らして、入ってきた。お手伝いさんが出て、どちら様でしょうかと聴いたら、「おもらいです」と言ったとか。お手伝いさんは敬語まで使って損をしたと怒っていた。紛らわしい恰好で来るなと。それほど倒産の多い年もあった。そういうときは元社長でも乞食もする。
 しばらくはそういう光景を見なかったが、ここにきて、随分と都会は増えたと驚く。彼らも実数には出てこない人たちなのだ。新聞やテレビで書きたてられている状況よりは、はるかに現在は悪化していると思う。
 戦時中の本を読んでいたら、地方では大本営発表を信じている人が多く、都会ほど毎日の空襲で爆撃されて逃げ惑い、日本は負けていると口では言えないが、多くがそう思ったという。勝った話より報道していないので、コロナの感染者もいまは表に出ない人が相当いるとは思う。おそらく、わたしも感染していても無症状でいるのかもしれない。毎日の数字はごまかしで、省略なのだ。それを鵜呑みにしないで、現実だけを見たい。

×

非ログインユーザーとして返信する