コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

住みやすい街のサイズ

 古代ギリシャでは、国の大きさは、広場に政治家が立って演説し、声が届くくらいの人口が五千人ぐらいとプラトンの国家論に書かれていたように思うが、間違っていたらごめんなさい。
 いま、平塚で暮らして、なんとなく住み心地がいい。田舎で生まれ育ったわたしだから、都会よりは平塚のほうが息が詰まらなくていい。千葉も人口百万だから都会だった。稲毛はそうでもなかったが、それでも人は多すぎた。コロナ移住と都心からの引っ越しが大移動ではないが、賃貸で暮らしている人たちは、そういう動きがあった。都心では学校もリモートで、行事もなく、大学生たちも家にいた。施設は休みで、遊園地から観光地も閉鎖で図書館も休みなら、そういう閉鎖された都市から、地方へと引っ越して、子供らの教育上もいいし、閉塞感がないからと、移ってくる気持ちは解る。わたしも千代田区で暮らしていたら、図書館はダメ、カラオケも映画館も休みで公園も場所によっては閉めていたりと、そんな緊急事態の街には住みたくはない。
 なにより、仕事を辞めて、出勤しなくなると、先日は鎌倉に電車で遊びに行ったが、それは11日ぶりに電車に乗った。PASMOも使わなくなった。近場に行って遊んでいたら、電車なんか利用しないでも平気だ。毎日のように満員電車に揺られて、密の空間で押すな押すなの出勤がなくなる。それと、学校にいたときも、校長からスクールメールがきて、何年生の子がコロナでと、先生も自宅待機、毎日が戦々恐々としていた日々で、検温と消毒、換気と、われわれも忙しいし、気を遣う。そういうことがなくなる。
 千葉では海水浴は今年も中止とか。平塚はやるようだが、海も閉鎖となるときつい。まして、プールもなくなり、子供たちは夏休みもつまらない。旅行もできないとなると、部屋で夏休みか。
 田舎暮らしはその点気楽でいい。東京から来たというと、旅行も肩身が狭いが、まだ平塚からとなると人口26万の地方都市で、感染者は一日一人いるかどうかだ。横浜は多いが、離れていれば少しはいい。
 青森市よりも少し人口の少ない平塚だが、何か似ている。青森の鎮守の善知鳥神社が市内のど真ん中にある。平塚も八幡宮が真ん中にある。海と山のある町で、平坦な町がどこか似ている。それでいて商店街は賑やかで、ショッピングモールもいくつかあり、買い物には困らない。わざわざ横浜まで出ることもない。そこで用は足りるのだ。まして、現代ではネット通販でものが来る。わたしの買い物はほとんどが買い回り品はネットからだ。送料無料で翌日配達。クレジット払いでポイントもつく。なにより店を回って、少ない在庫から探すより、膨大なアイテムの中から選ぶことができる。
 昨日も、ふらりと近くの散歩に行ったら、いろんな店を発見する。床屋がシニア割引で普通調髪が1300円とあった。その先に歩いたら、イタリアンレストランがあり、パスタが390円でドリンクバーが150円とある。しゃれた店だ。焼き肉レストランから、蟹料理専門店もあった。百円ショップの地元の店かレモンというのもあり、面白い品揃えをしている。地元のスーパーと生協も見つけて入った。その裏には日枝神社があり、家康が造ったというから400年は経っている古い社なのだ。普段歩いたことのない道を行くと、いろんな新しい店を見つける。
 と、ここまで書いたら、青森の友人からハガキが来ていた。みんなに転居のお知らせのハガキを出して居所を教えた。一人は同人仲間で、「湘南の海、あこがれの地、移住! なんということでしょう」と書かれていた。いずれ帰れたら語り飲みませうと書かれていた。もう一人の友人からは、「やはり、海がある所に行ったのですね。でも青森はあなたを呼んでいるような気がします。古本屋を営んでいる姿が懐かしい。コロナ禍で街は急速に活気が失われ、更に2年続いてねぶたが中止になり、飲食店、関連小売店は青息吐息です。来年になればもっと厳しい世の中になるのではないかと考えています。…また青森で再会できることを願っています」とあった。
 何か、みんなが苦しんでいるときに、自分だけがノーテンキで自由に遊び回っていることが悪いように思ってくる。しばらくは好きにさせてもらいたいと、息子たちにも言いたい。どうせ、そのうち歩けなくなるのだから。いまのうちなのだ。


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