コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

大磯まで東海道を歩く

 休みの日ではない。毎日がもう休みで、寝ていてはいけないと、怠惰にならないように、自分を鼓舞してウォーキングに出る。本も持参。どこかで休み休み本も読めたら。それとお買い得な八百屋を見つけたら買うよう、エコバッグもリュックに入れている。またいい写真が撮れるかと、いろんな目的が散歩にはある。音楽も聴いて歩いたらなおいいが、いまは後ろから車が来ても危ないので、イヤホンをつけては歩かない。海に行って座れたらそこで音楽もいい。
 今日のコースは隣町の大磯まで国道1号線を歩いてみよう。先日は茅ケ崎市の近くまで歩いた。今度は逆方向の西側へ。東海道を昔の人は歩いた。それと国道1号線は近いが、昔の道はもっと海沿いのようだ。うちから国道1号線はすぐだ。そこからひたすら国道を歩くが、なんと前後を見ても、はるか先まで人が歩いていない。自転車もいない。車だけだ。こんな人の歩いていない国道でもマスクはしなければいけないのか。五百メートル以内に人影もないのに。歩いていると大磯町の標識が。そこから隣町なのだ。その国道脇に古い碑が建っていて、「東海道五十三次平塚宿京方見附跡」とある。見附とは都内にもあるが、江戸時代に番兵が見張っていたところだ。平塚市には街中にもある。東海道は交通の要所なので、関所の他に、そうした見張りも交番のように置いたのだろう。そこまで来ると、先日登った高麗山の湘南平が間近に見える。テレビ塔も頂上に見えている。
 橋のたもとに、大きなホームセンターを見つけた。外にずらりと園芸植物が並べてあるのを見てみよう。観葉植物はつまらない。小さなかわいらしいガラス容器に入ったサボテンのようなものは、よくよく見たらフェイクプラントと書かれていて、プラスチックの偽物だった。そこで障子紙のさくら模様のものを見つけて買う。先日の句集のカバーにする和紙は使ってしまい、少し足りなかった。それでそれより安いすかし模様入りの障子紙をカバーにしようと買う。
 金目川という川沿いに海に出る。美味しそうな海鮮丼の旗がひらめく海岸通りにあるドライブインに、後で寄って昼飯と思ったが、すっかりと忘れて、浜辺伝いに歩いていた。
 今日は波も風もあるので、サーファーたちが黒い頭を波間に見せていた。いい波が来るが、誰も乗らない。風呂に浸かっているかのように、初心者ばかりなのか。それとも、稲村ジェーンのような伝説の大波をひたすら待っているのか。
 水平線は曇っていて、大島は見えない。伊豆半島も富士山も見えない。すぐ近くに大磯の海水浴場が見えていた。あれは一昨年の夏だった。相方と二人でプリンスホテルに一泊して、ロングビーチで泳いだ。翌日には、本当の海でも泳いだ。もう夏の終わりで、誰も海では泳いでいなかった。その浜が見えている。何か遠い昔の思い出のよう。
 浜伝いに歩いた。平塚のほうへと戻る。江の島はずっと遠くに見えている。歩いても行けそうだが、茅ケ崎までも6キロ以上はあるのだ。その倍以上はあるだろう。自転車なら行けそうだ。
 やがて、前にうちのマンションから歩いて真っ直ぐに来た浜、虹ケ浜に辿り着いた。なんだ、近いじゃないいかと、ウォーキングもいまいち。目標の15000歩はゆかなかった。浜辺にあった流木は流されたかなかった。せっかくわたしの読書の指定席と決めたのに。仕方なく、防波堤に座って日焼けしながら本を読む。
 街ぶらで、通ったことのない通りを歩いていたら、大きな庭のある塀が巡らした豪邸かと思わせたところを通る。月湘庵というお寺だった。裏から見たからどこの別荘かと思った。たまたま中勘助のエツセイを読んだら、彼も一時平塚海岸に住んでいたとある。大磯もそうだが、海岸には文学者の別荘もかなりある。
 黒部丘という広い空き地はいま工事中で、平塚駅の線路の南側だが、巨大なモールが来年オープンするようだ。北のほうのイオンモールはいつできるのか。次々に巨大なショッピングモールができて、ららぽーともあるし、やってゆけるのか。
 歩いていたら、いきなり、うちの近くのスーパーの前に出た。やれやれと買い物してゆく。金子みすずの言葉を借りれば、毎日が違って毎日が面白い。


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