コロナノコロ

コロナ生活から思うこと

家庭がいまは一番危ない

 家庭内感染がいまは一番多いという。それはそうだ。密の空間に外から家族がウイルスを持ち込むと、お父さんからお母さんに感染し、子供に移る。その中でお父さんだけが重症化というと、家庭崩壊になる。
 そういう報道を聴いたら、年末年始に孫娘の顔でも何年かぶりで見にゆこうかと、ようやくそういう気持ちにさせられたときに、息子たちの家族もそれは望んでいないだろうし、わたしの足も鈍る。
 暮れに、次男から珍しくメールが来て、長女が某大学の経済学部に合格したと言ってきた。経済と聞いて、女の子がと思ったが、これからは就職を考えたら、文学部や教育学部などは難しいかと思う。専門的な学部のほうがいいのだろうが、そこの大学は経済界にコネはありそうな有名なところだから、彼女は卒業後のことを考えて選択したのかもしれない。だけど、年末というのに合格? と不可思議に思ったが、よくよく考えたら、推薦入学なのだろう。安全確実な線で選んだのだ。
 いまは、全数合格の時代で、レベルを選ばなければ、誰でも大学は入れる。このコロナで在籍している大学生も7人に1人が自主退学をせざるをえないと言っていた。私学も生き残りに厳しい時代を迎える。苦学して、バイトで親に頼らず大学に通っていた人たちが、バイトがなくなり、授業料も払えないという。確かに時短で夜のバイトも減り、飲食店もいまは大変なので、そこでバイトしていた学生たちは失職している。わたしもこれからバイトでもしようかと、インディードなどメールで入ってくるのを眺めたりしているが、以前に比べたら、シニアのバイト・契約社員募集もどっと減っている。
 これからの若い人たちは大学は出たけれどという昭和初期の大恐慌と同じ時代に生きるのだ。
 都市のロックダウンも今後あるかもしれないが、そのことについて、わたしが学生時代は、全学連が大学を占拠し、それを機動隊が排除してからは、大学側がロックアウトをした。学生を締め出して、入口をすべて封鎖し、機動隊が入口を警固して、誰も入れなくなる。一年半それが続いた。学生たちは自宅待機で、いまの状況とよく似ている。うちの大学もいまだにリモート授業で、学生はかれこれ一年、出講できないで、門はひとつだけ開けているが、入口で厳しい検査が行われ、キャンパスには学生の姿がなく、一年近くが経過している。それはどこの大学も同じようで、付属の小学・中学・高校はみんな登校しているのにおかしいとは思うのだ。
 われわれのときは、論文課題が大学から送られてきて、それを書いて郵送することで単位をくれたので、図書館通いの毎日だった。授業がないのに授業料を返せという学生もいた。あのころはパソコンもインターネットもまだないときなので、リモートということもない。学生でも一年半も勉強していないで、それこそ大学は出たけれど、何も知らない学生が量産された。東大も前年に安田講堂占拠で入試もなく、うちと同じようにろくに勉強もできなかったに違いない。
 コロナも大学紛争のときと同じで、学生たちは可哀想だ。そんなときに孫娘が入学する。入学式もなければ何か入ったという実感もないのかもしれない。
 わたしは一応、じじなので、息子一家は、わたしに感染させたら悪いという気持ちもあるのだろう。入学祝を持って遊びに行こうと思ったが、年末年始はそれで遠慮した。わたしが感染したら、息子が一番気落ちするだろうから。
 それで、またしばらくは、孫の顔を見にゆけないで、仕事と一人暮らしの部屋の往復で、誰とも会わない生活が当分は続くのだ。


 夜8時過ぎには出歩くな、飲食店が一番攻撃されているが、どんな商売も同じではないのか。家庭がいまは一番危ないので、家庭も封鎖しなくてはいけない。家に誰も入れないようにする。それなら感染しないから安全だ。で、家族はどこで暮らすの?


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