ケーキ屋の倅なのに和菓子党
洋菓子よりは和菓子が好きなのは若いときからだ。ケーキ屋の倅だから、嫌というほどケーキばかり食べてきた。それは端から見ると羨ましい話だが、そうでもない。仕事という商品の試食だから、義務感が伴う。ケーキの研究のために幹部社員を連れて、都心の有名ケーキ店のはしごをしたことがある。そのときは会社の経費で試食だと、渋谷原宿新宿銀座と一日歩いて数十店のケーキ屋でみんなで半分ずつ分け合って試食していた。大の大人たちが寄ってたかってケーキ皿をつついている風景は異様だったろう。一日で一人24個の生ケーキを食べた勘定になる。夕方に、晩飯はというと、全員、もういらないとうんざりとした顔をしていた。
幹部を引き連れてパリに行ったときもそうで、パリ市内のパティスリーの有名店を30店くらい二日で回った。事前に地図落としをして、昭和57年のときで、ネットなんかないから、地図とコンパスで歩いた。トロニア、アンジェリーナ、ルノートルと言った店のカフェテラスに座り、コーヒーとケーキをまた不気味な菓子屋の職人と営業の幹部たちがみんなでつつきあう。昼飯も晩飯もいらないというより、口から出てきそうなくらい吐き気もする。もうケーキの顔なんか見たくはない。それは味がどうのというより拷問に近いものであった。そこまでして視察旅行はどこかの議員と違って真剣で、観光も合間にしたが、しっかりと勉強していたのだ。パリとロンドンのケーキ店も30店くらい訪ねたろうか。腹はケーキでゲボゲボ状態で夢に見そうなくらい食べた。
それだからというわけでもないが、わたしは洋菓子よりも和菓子党で、いまもそれは続いている。ケーキ屋に入ることはないが和菓子屋はよく覗く。スーパーでも安い和菓子コーナーは必ず見る。
戦後、うちは親父が銀座の名門のケーキ店で戦前に修行してきたので、その店の暖簾分けで青森に店を出したのが昭和24年だった。家業は戦前は和菓子と南部煎餅の店で、祖父と曾祖父がやっていた。大正になってから弘前から青森に来て、柳町のわたしが生まれたところに店を借りた。祖父はそこで商売をして、曾祖父とはあまり仲がよくなかったようで、曾祖父はいまの青森市の広田神社近くに別の煎餅屋を開いていたという。神社の縁日があれば、いまも煎餅店が露店で張るが、昔も神社の夜宮ではうちも露店を出した。わたしの親父は子供のときに手伝いで露店の販売に立たせられたと話していた。胡麻煎餅にピーナッツの豆煎餅はあったかどうか。それに津軽飴をサンドした飴煎餅はいまも懐かしく、縁日というと青森では露店で売っている。ただ、いまは部分入れ歯に絡むので、飴煎餅は食べられないが、若いときから好きだった。ずっと戦争まで、煎餅屋と和菓子屋をなりわいとしていたが、戦時中に砲弾や兵器の鉄が不足して、供出せざるを得ず、また菓子の材料も贅沢品とあちこちやめていたが、材料の入手も難しくなり商売をやめてしまう。煎餅の鉄の焼き型は軍部に供出した。焼成器がないと何もできない。戦時中は、物資不足から、商売を変えて、関西から親戚になった神戸屋さんから古着を仕入れて青森で売ったりしていた。何かで飯は喰わないといけない。
わたしが子供のときに、祖父は年越し前になると、よく羊羹を作っていた。家ではなく、家の近くにうちの洋菓子の工場があったので、そこの器具を借りて、親戚たちにも配るための羊羹造りを初めて見た。子供ながらに祖父は和菓子職人でもあったのだと知った。じじっ子のわたしはいつも祖父と一緒にいた。いまのうちの孫と同じだ。年越しは各家庭で青森は豪勢なおせち料理だけでなく、一人に一箱、口取りという和菓子詰め合わせみたいなのをお膳につける。いまも平塚でも年末になると売るが、わたしは何がなくてもそれだけは自分用に確保する。孫と息子たちは食べないから、わたしたけの正月の密かな楽しみなのだ。特に好きなのが上生菓子で、求肥や練り切りが大好きで、それは自分では作れないが、いまは家で創作和生をたまに作っている。きっとどこにもない味のオノジナル。それも孫と息子は食べないので、わたしだけのおやつにしている。昨日作ったのが、業務用のゼラチンが袋で買ったので、それを使うために、寒天ではなくゼラチンにして、牛乳と餡子、黄な粉に黍砂糖、塩ひとつまみ入れて何かよく判らない和菓子風のお菓子をバットなどに流し込んで冷蔵庫で固めた。水羊羹はたまに作るが、夏向きに冷やして食べるものがいい。しかも体にいいものと材料もそれに拘る。ゼラチンは体にいいというので、いまはコーヒーにも入れたりしてゼラチン生活をしているが、業務スーパーで500gで千円少しの値段で売っている。粉ゼラチンは少しでも高いが、それは業務用でシルバーと書いているから、きっと全国的に老人の健康食品なのだ。
黄な粉も体にはいいというので、黄な粉と砂糖で固めた黄な粉棒の板状に作っておやつにしたりしているが、酒粕も余っているので、酒粕と黄な粉、砂糖にすりゴマとゼラチンで練って固めてみた。それは冷蔵庫で冷やしているが、果たしてどんな味になるのか。あんこと牛乳は相性がいい。それにバターも加えて、洋風にする。あんバターはパンに塗っても美味しい。スーパーで売っている小豆バーのアイスは牛乳と小豆とあんこで作ると作り方かがYouTubeに書いていたのからヒントを得て、最近は牛乳にあんことゼラチンで水羊羹風にして食べている。それがすこぶる美味しい。粉寒天も棒寒天も高いからゼラチンにしているが、その創作和菓子にいまは嵌っている。洋菓子はハイカロリーだが、あんこなどの和菓子はまだ太らないと聴いた。食べすぎはよくないが、お菓子も高くなったので、自分で作るに限る。わたしのどこかに和菓子職人の祖父の血が流れているのだろうか。じいさんを思い出しながら、一人楽しみで毎日食べている。
