末は絵本作家か芸術家か

キムヒロ

 先日の美術館の絵本作家たかいよしかずのハッピーワールドが面白かったので、孫がまた行きたいとねだる。

 夏休みも後残り少し。宿題はみんな終わり、プリントもやったし、余力があったので、市販の一年生の国語と算数のドリルを買ってやらせていた。カタカナはようやく読めるようになるが、書けるのは怪しい。9月1日の火曜日から出校で後期が始まるので、ランドセルの中身をチェックして、道具箱から筆箱の不足を確認。絵日記は二枚あるが、本人は絵が好きなくせに、写実派でないから、想像したものしか描けないというのだ。海やプールでじじとパパと泳いだことを描けよと言っても、それができないと泣く。どうして? いつもお絵描きと、コピー用紙を50枚くらいハガキの半分サイズにハサミで切って与えると、1時間もしないうちに全部描いてしまうくせに。それはロボットとか怪獣とかなのだが、自分の好きなものは描けるが、実際に体験したこととか、目の前のことを描くというのが苦手だと言う。そうか、それなら好きになんでも描いたらいいと、想像でもいいことにした。そんなもの真夏の夜の夢を見たことにしたらいい。

 孫は平塚に三年前に一家で引っ越してきたときから、わたしが教育係をしてきた。四歳から見ている。お絵描きが好きな子で、粘土が好きで、与えたら黙々と一人で何時間でも遊んでいる。前に美術館でコラージュを見せたら、自分もしてみたいと、何かumaのようにぐちゃぐちゃの動物なのか怪物なのか判らないものを描いて、それを全紙に貼り付けていた。青森の妹から帰省したときにもらった何十色ものサインペンが気に入って、それで色をつけてカラフルにしていてご満悦。粘土も保育園のときからそうで、先生にも一人だけ好きで半日でもやっていると感心されていた。それはわたしの子供のときと似ている。子どものときから成績はあまりよくなかったが、図工だけはいつも通信簿は5で、先生がいろんなコンクールに出してくれて、そのたびに入賞していた。家にはカップは賞状がいっぱい壁に貼ってあった。

 隔世遺伝かと思うが、わたしの姉妹も美術系でそういう趣味や大学に入り、油絵や彫塑を作成していた。わたしの息子二人もマンガやゲームクリエイターで、原画をパソコンで描いている。それが秋葉原近くの会社を興してもう25年くらいはやっている。それだから、孫に一人くらいは芸術系が育ってもおかしくはないと思っていた。どうも、それが同居の七歳の孫のようなのだ。

 美術館に行きたがるのも変な子だが、そこが遊園地よりも面白いらしい。先日の平塚市の美術館で夏休みの子供向け展覧会の絵本作家たかいよしかずハッピーワールドがよかったので二度も入るのは珍しい。わたしは高齢者で無料で孫も無料。夏休み最後の日曜とあって、それでも結構多くの親子連れが来ていた。と、入ったなり、孫が熱心に見ていたら、作家本人と思われる人が声をかけてきた。わたしは「作家さんですか?」と聴いたら、そうですというので、素晴らしい作品展のことをうまく言えず、子どもらよりも親たちが見とれて、この不思議な世界に没入していますねと言った。「写真を撮ってもいいですか?」と了解を得て、孫と二人でスマホで写真。それからブログで使わせてもらっていいかと聴いたらOKが出た。展示品は写真オーケーなのだ。孫はいろいろと作家さんに聞いていた。「この子は粘土やお絵描きが好きで、将来はそっちのほうに行くのではないかと思って」と、それであちこちの美術館に連れて行くことも話した。作家さんの略歴で、堺市出身とあるので、「わたしも堺市に若いときは三年いました」と話したら、どちらにと聴くから、堺東ですと言ったら、作家さんもその駅近くにいたとか。わたしより10歳年下だが、若く見えるのは、創作活動が絵本であり、子どもの世界だからだろうか。古本屋時代には、彼のくろくまシリーズの絵本やようかいむらシリーズの絵本はよく入ってきて知っていた。古本屋でも絵本は大事に売ってきた。個人的にも好きで、わたしは二十歳のときにたった一冊の手作り絵本を作って、別れた彼女に送ったことがある。自分で絵と文も書いて、製本もした一冊だ。手元にはないが、当時、コスモス石油会社主催の童話大賞に応募もした。彼女が絵本が好きで、よく日本橋の丸善に行って、二人して外国の絵本も買った。キーピングの絵本が好きな人であった。若い時のわたしの本棚にはアンデルセン全集や新美南吉、小川未明などの本もいっぱいあり、絵本も蒐集していた。

 絵本のことで、忘れていたことも思い出した。孫はいろいろと作家さんに聞いて、キャラクターはどれだけありますかとか聞いていた。数えたことはないなあと言っていた。大人でも知らない人でも物怖じしないで話しかけるのは孫は面白い性格だ。好きなことはさせたいし、伸ばしてやりたい。わたしはくさすことはしないで、いつも誉めてやる。才能は別としても、ひとつのことで自信をつけさせたら人間伸びるのだ。いまのわたしには絵心はまるでない。十で神童も二十歳過ぎたらただの人でもいい。創作というのはなんだっていい。そのうち夢も実現してくるのだと、作家さんは孫に話していた。続けることだよと。端で頷いて聴いていた。


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